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われわれもしょせんはグローバル資本主義システムの一員であり、このシステムの特徴は自由貿易だけではなく、もっと具体的には資本の自由移動にあるからである。 このシステムはどこに移動するかを自由に決めて選べる金融資本にとつてまことに都合よくできており、グローバルな金融市場の急成長を促してきた。
それは巨大な循環システムにもたとえることができる。 まず資本を金融センターの市場や金融機関に吸い上げ、ついでそれを周縁各地に融資や証券投資といった直接的な形か、多国籍企業を通ずる間接的な形のいずれかで注入してい一九九七年七月のタイの危機が発生するまでは、金融センターはマネーの吸い上げも注入も精力的に行っていたし、金融市場は規模も重要性も高まる一方で、周縁各国もそれぞれの資本市場を全開にして巨額の資本を獲得することができた。
世界的なブームといった現象が現れ、そのおかげで新興市場は特に好調だった。 一九九四年の一時点では、アメリカのミューチュァル・ファンド(投資信託)への流入総額のうち半分以上が各種の新興市場ファンドへの投資だった。
アジアの危機は資金の流れの方向を逆転させた。 資本は周縁市場から逃避し始めたのだ。
最初はこの逆流は金融センターの各市場に恩恵を与えた。 アメリカ経済はまさに過熱の一歩手前にあったため、連邦準備当局は公定歩合の引き上げを検討していたのだが、アジア危機でそうした動きは不くからである。
得策とみなされるようになり、株式市場も活気づいた。 アメリカ経済は安い輸入品が国内のインフレ圧力を押さえて、世の中でこれ以上は望めないほどの好況を調歌し、株価もつぎつぎに新高値を更新した。
金融センターの活況は周縁市場も回復に向かうかもしれないという期待感を高め、一九九八年の二月から四月にかけてはほとんどのアジア市場が現地通貨でみると、おおむねそれまでの下落の半値は戻した。 これは典型的な下げ相場の反発だった。

周縁市場の苦しみがセンター市場にとつてもよいとはいえなくなる時点がいつかはくるものである。 私はロシアのメルトダゥンによってその時点がついに到来したと信ずる。
私がそう断言する大きな理由は三つある。 ひとつはロシアのメルトダウンはそれまで見逃されていた国際金融システムのある種の欠陥を表面化させた、という点である。
銀行はみずからのバランス・シートに載せるエクスポージャー(投資家がとるリスク、またその額)のほかに、スワップ、先渡し取引、およびデリバティブ(金融派生商品)の売買などを他行との間で、またそれぞれの顧客との間で行っている。 これらの取引は銀行のバランスシートには姿を現わさない。
これらの取引はつねに洗い直され、つまりつねに時価評価され、取得原価と市場価格に差があれば現金決済で埋め合わされる。 これで債務不履行の心配はなくなると考えられている。
スワップ、先渡し取引、およびデリバティブの市場はきわめて大規模で、利ざやはかみそりの刃のように薄い。 ということは、想定元本の総額はこの業務に使われる資本の何倍にもなるわけだ。
取引を仲介する金融機関などの数も多く、取引が次々につながって行わこの複雑きわまりないシステムはロシアの金融システムが崩壊するとひどい衝撃を受けた。 ロシアの銀行が履行しなかったのは自分の債務だが、西側の銀行にはそれぞれの顧客に対する債務がそのまま残った。
ある銀行の債務を他の銀行の債務で相殺するすべはどこにも見いだせなかった。 多くのヘッジファンドその他の投機的勘定は整理、清算を余儀なくされるほどの大きな損を蒙ってしまった。
通常のスプレッドは崩れ、各種のデリバティブの裁定取引に携わるプロ、つまりあるデリバティブを他のデリバティブと取引する専門業者も多額の損をかかえた。 同様の事態は、それから間もなくマレーシアがその金融市場から外国人を締め出したときにも生じたが、シンガポールの通貨当局は他の中央銀行と協力してすばやい行動に出た。

その結果、未決済の契約はネッティングにより一括相殺で整理され、損失を分け合うこととなった。 システム全体の崩壊となる危険は回避されるため、個々の相手側に対しては義務を負うが、その先にだれが取引にからんでいるかは知るよしもない。
個々の取引相手に対するエクスポージャーは信用供与枠を設定することで制限していこうした一連の事件は市場参加者の投資を全面的に削減させることになった。 各銀行は必死になって投資や借り入れを削減してリスクを減らそうとしている。
銀行株は急落した。 世界的な信用収縮が表面化しつつある。
それはすでに周縁市場へのファンドの流れを押さえつつあるが、同時にアメリカ国内経済の信用供与能力にも影響が出始めている。 たとえば、ジャンク・ボンド市場はすでに閉ざされている。
ここで私の言う第二点の説明が必要になる。 周縁市場の苦痛はきわめて厳しくなったので、個々の国のなかにはグローバル資本主義システムから離脱する道をとりはじめたり、単純に落伍するものが出てきた。
まずインドネシアが、つぎにロシアがほぼ完全に崩壊の憂き目をみたが、マレーシアで起こっていることや、程度の差はあるが香港の情勢もある意味ではもっと不吉であるといえよう。 インドネシアやロシアの崩壊は意図したものではなかったが、マレーシアは意図的に離脱の道を選んだ。
同国は外国の投資家と投機家にかなりの損害を与えることに成功し、経済の救済とはいえないにしても、少なくとも同国の支配者には一時的な救済となる措置をなんとかとることができた。 その救済は金利を引き下げることと、外部世界から自国を孤立化させて株式市場にテコ入れすることが可能だったからできたのである。
この救済策は一時的なものにならざるをえない。 なぜなら国境は抜け穴だらけであり、マネーは不法な手段で同国から出ていくからだ。
その国家経済に及ぼす影響は悲惨なものとなろうが、政権と密着した地元の資本家たちは、政権そのものがひつくり返らない限り、自分たちのビジネスを守っていけるとみている。 マレーシアのとつた措置は自国の金融市場をずっと開いておこうとする他の諸国には痛手となろう。

それは資本逃避を促すからだ。 この点ではマレーシアは近隣窮乏化政策に乗り出したといえる。
これによってマレーシアが近隣諸国に比べてかっこよくみえるなら、この政策はたちまちいくつかの模者を生み、他の諸国が市場を開いておくのを難しくしかねない。 グローバル資本主義システム崩壊の理由となる第三の主要因は、国際通貨当局に全体を束ねる能力が明らかに欠けていることである。
IMF(国際通貨基金)の諸施策は効果をあげているとは思えない。 そのうえIMFの資金は枯渇している。
ロシア危機に際してのG7(主要先進七カ国)各国政府の対応は情けないほどお粗末で、そのコントロールを失ってしまったのは恐ろしいことだった。 金融市場の反応はこの点ではどちらかといえば独特である。
政府の介入にはいかなるものであれ反発するが、しかし情勢が本当に厳しくなれば、当局が介入してくるものと固く信じている。 この信念がいまや揺らいできたのだ。
これら三つの要因はいっしょになって、周縁市場から金融センターへの資本の逆流を強化する効果をあげている。


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